かつて存在した「地方病」

2012年8月20日 | コメント(0)

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かつてこの地域において、恐ろしい奇病が流行っていました。
 当時『はらっぱり』『水腫脹満(すいしゅちょうまん)』などと呼ばれたこの地方病は手足が痩せ細り、皮膚は黄色く変色しお腹に水が溜まって大きく腫れ、最終的には死に至るというものでした。
発生する地域が限られており特に旧竜王町や旧八田村など盆地西部に多く発症していたことから、

 

嫁にはいやよ野牛島(やごしま)は、能蔵池葭水(のうぞういけあしみず)飲む辛さよ竜地(りゅうじ)、団子(だんご)へ嫁行くなら、背負って行け棺桶

といって有病地へ嫁ぐ娘の悲運を嘆いた悲しい歌が江戸時代に歌われていたそうです。能蔵池という池は南アルプス市に実存し、ここの水を飲むと病気に感染するという風説があったそうです。

 明治時代に春日居という地区の住民からこの奇病を解明するよう山梨県へ嘆願書が提出されました。県の派遣した医師が糞便検査を行った結果、虫卵を発見。寄生虫が原因かと推察されましたたがこの時点ではまだ病気の原因は分かりません。

 原因を探るには病理解剖を行うしかないというのが当時の関係者の見解でした。やがて一人の末期患者の女性が解剖の検体となることを申し出ました。解剖の結果、肝臓などから虫卵の固まりを中心とする結節があることが確認されましたが生きた虫体が発見できなかったこともありこの時点ではまだ病気の原因を寄生虫と断定することはできませんでした。

 この病気はネコやウシなどの家畜にも感染することからネコの解剖を行ったところ門脈から生きた虫体を発見し、この新種の寄生虫は後に日本住血吸虫と名付けられます。

 日本住血吸虫の研究が進むにつれて、この寄生虫は経皮感染であること、ミヤイリガイという中間宿主が存在しこの中間宿主の中で成長しない個体には感染能力がないことが明らかになりました。こういった研究成果は病気の予防に大きく貢献しましたが、既に発症している患者の治療は困難を極めました。スチブナールという薬剤が唯一の治療薬でしたがその副作用の重さや経済的負担にも患者は苦しんだそうです。

 やがて月日は流れミヤイリガイを撲滅するため、石灰やPCPなどの殺貝剤の散布や水路のコンクリート化などの対策や生息地である水田が果樹栽培に切り替わるといったことが行われた結果、新規の患者はいなくなり平成8年に当時の山梨県知事により病気の終息宣言が行われました。

 現在我々がこの地で安心した生活が送れるのは先人による多大な努力と
犠牲があったことを改めて認識する必要があるのではないでしょうか。


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